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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1485号 判決

控訴人 株式会社丹陽商店

被控訴人 加来照祥

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「被控訴人は控訴人に対し金十二万八千八百五十円及びこれに対する昭和三十一年十一月十六日以降支払済に至る迄年六分の割合による金員を支払はねばならぬ。控訴費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張竝に証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において左のとおり主張を補足し、且当審証人坪倉道雄の証言を援用した外は、原判決事実摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

控訴代理人の主張

「本件手形は、株式会社神戸銀行(以下神戸銀行と略称する。)が株式会社岡商、(以下岡商と略称する。)から手形割引によつて取得したものであるが、控訴人は岡商の神戸銀行に対する債務の保証をしていた関係から、岡商の同銀行に対する手形債務を代位弁済し、よつて同銀行から期限後裏書により本件手形の譲渡を受けたものである。ところで被控訴人と岡商間の手形振出原因たる売買契約が解除せられたというが如き事実は、右当事者間の人的抗弁事由となるに止まり、これについて善意無過失である神戸銀行が完全な手形上の権利を取得することを妨げるものではなく、従つて控訴人は期限後裏書によつて手形を取得したものであつても、本件手形について神戸銀行が有した完全な権利を承継したものである。」

理由

本件手形は被控訴人が岡商から買受けた混紡サージ二十五反の代金支払のために振出されたものであるところ、被控訴人は岡商に対して右混紡サージは不良品であるから返品したい旨を申入れ、両者間で折衝した結果、昭和三十一年八月頃右売買契約は合意解除せられ、よつて被控訴人は右商品を全部岡商に返還したこと、竝に岡商は本件手形を神戸銀行に裏書譲渡し、同銀行において、支払期日に支払場所に呈示したが支払拒絶となつたこと、控訴人は右支払拒絶後の昭和三十二年一月三十一日同銀行から本件手形の裏書譲渡を受けたものであることについての、当裁判所の認定は、原判決理由のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

ところで手形表面の部分については成立に争がなく、その裏書部分についても、原審竝に当審証人坪倉道雄の証言によつて成立を認め得る甲第一号証によると、岡商は神戸銀行に対して、支払拒絶証書の作成を免除して裏書していることが明であるから、岡商は右支払拒絶によつて当然に神戸銀行に対して手形金償還債務を負担するに至つたものと認め得るところ、控訴人は岡商の神戸銀行に対する債務について保証していた関係から、岡商の同銀行に対する手形債務を代位弁済し、よつて神戸銀行から本件手形の期限後裏書を受けたことを請求原因として主張するのであるが、控訴人が岡商の手形金償還債務を代位弁済したことが、控訴人の自認するとおりであるとすれば、控訴人と岡商との間に、後日右代位弁済金額について民法上の求償関係が残ることは別として、本件手形は本来は、これによつて償還義務を果した岡商に返還せらるべきものであつて、手形上の遡及義務者ではない控訴人が、再遡及のために本件手形を取得し得べき筋合はないと共に、右手形金償還債権の弁済を受けることによつて権利の満足を得た神戸銀行は、もはや遡及義務者でない第三者に、期限後裏書によつて任意譲渡し得る如き手形上の権利を有しない筋合であるから、右代位弁済後に被控訴人が同銀行から期限後裏書を受けても、手形上の権利を取得し得ないことは明である。

もつとも控訴人の右主張の真意は、控訴人は岡商の保証人たる責任上、岡商が神戸銀行に対して負担する手形買戻義務を、岡商に代つて履行し、よつて同銀行から本件手形の期限後裏書を受けたことを主張するものと解する余地があるから、この場合について考えるに、手形割引にともなう手形買戻義務なるものは、手形法第四三条以下の規定によつて定型化された遡及制度を特約によつて拡張し、手形不渡りの場合には、手形裏書人はその危険を自己において負担し、手形割引人には損失をこうむらしめぬようにするために、遡及要件の如何にかかわらず手形を買戻すこととし、以て手形の割引を容易ならしめるために行はれる商慣習に基くものであるから、この場合、裏書人に代つて右手形の買戻義務を履行し、よつてその期限後裏書を受けた保証人は、結局は、手形を受戻した裏書人自身が、前者に対する権利を行使すると同一の目的のために手形を取得するに外ならぬのであつて、従つてかかる実質的関係に基いて手形の期限後裏書を受けた保証人は手形割引を受けた裏書人が前者に対して有するより以上の権利を取得し得ないものというべく、これを換言すれば、この場合、手形振出人は裏書人に対抗し得る人的抗弁を以て、保証人にも対抗し得ることは、隠れた取立委任裏書の場合に、手形振出人は裏書人に対抗し得る人的抗弁を以て、被裏書人にも対抗し得ると同様であると解するを相当とする。

然るに被控訴人と岡商間の前記売買契約は合意解除となり、従つて岡商は被控訴人に対して本件手形を返還すべき関係にあつたことが前認定のとおりである以上は、被控訴人は控訴人に対しても右人的抗弁を以て対抗し得るものとしなければならぬ。よつて右いずれの理由よりしても控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結局正当であるから、本件控訴はこれを棄却すべく、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 観田七郎 河野春吉)

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